ガーナ大学への研究留学を経て農学修士号を取得。1年のガーナ生活を活かして、ガーナ生活と留学について発信中!

野口英世の足跡を辿る。ガーナに貢献した日本人を紹介!

こんな人におすすめ

  • ガーナと日本の繋がりを知りたい方
  • 野口英世の現地での足跡を知りたい方
  • 海外で活躍した日本人について知りたい方
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野口英世はガーナで研究をしていた日本人

記念館にある野口英世の写真

2004年から現在(2021年)まで1000円札の肖像画として使用されている野口英世はガーナで黄熱病の研究をしていました。

1876年に福島県で生まれた野口英世は、幼少期の出来事から医者となり、アメリカをはじめ数ヶ国で研究者として活躍しました。

当時、ノーベル賞の候補にも挙がったとされる野口英世は1927年から1928年に亡くなるまでの間、イギリス領ゴールドコースト(現在のガーナ)で黄熱病の研究をしていました。

日本とアメリカの大学で細菌学を学んだ後、当時は今ほどライフラインも政治も安定していなかった南米やアフリカで感染症の研究を行うという、今でも中々ハードな研究を行っていました。

今回は野口英世の功績そのものよりも、それが現在のガーナでどのように伝わっているのかを紹介するため、彼の功績を知りたい方は以下のサイトをご覧ください。

-参考-

・ウィキペディア「野口英世」

・内閣府HP 「野口英世の生涯」

ガーナに今も残る野口英世の功績

日本には野口英世記念館が出生地である福島県にあり、彼の功績や当時の生活を今に伝えています。

-参考-

・公益財団法人 野口英世記念会HP

この記念館は度々テレビ等で紹介されるため、知っている方も多いかもしれません。

しかし、ガーナにも野口英世の功績を伝える記念館がある事を知っている方は少ないでしょう。

ガーナにある野口英世記念館の看板

ガーナの首都アクラにあるコレブ病院(Korle Bu Teaching Hospital)は野口英世が黄熱病の研究を行っていた病院です。

現在もコレブ病院は運営されていますが、その中にひっそりと佇む小さな建物があります。

建物の写真が残ってなかったですが、建物の前には「Dr. Noguchi Memorial Laboratory」という看板が立っています。

野口英世が実際に研究していた部屋がそのまま残っており、黄熱病にかかりながらも研究を続けていた事がわかる体温管理表も見る事ができます。

また、実際に使用していた顕微鏡なども展示されており、当時の研究の様子やレベルを感じられます。

野口英世記念館に立つ銅像

建物の外にある庭は日本庭園風に少しアレンジされており、銅像も建てられています。

命日である5月21日には追悼イベントが毎年開催されており、現地の日本人だけでなく、多くのガーナ人も訪れるそうです。

ボクは予定があって参加できなかったのが、残念でした。

コレブ病院はアクラ市街地から少し離れた南の方にあるため、トロトロ(乗り合いバス)やタクシーで行くのをおすすめします。

日本人には少し難しいトロトロ(乗り合いバス)の乗り方については別記事で紹介していますので、そちらをご覧ください。

日本とガーナの共同研究は現在も続く

野口英世記念研究所の玄関

ガーナと日本の繋がりは野口英世が黄熱病を研究していた頃からあるのですが、彼の死後も研究を通した繋がりは途絶えていません。

アクラにあるガーナ大学には現在、野口英世記念研究所(Noguchi Memorial Institute for Medical Research)という研究施設があり、ガーナ人と日本人の研究者が医学研究を行っています。

野口英世が作った日本とガーナの関係が最先端の医療現場でも生かされていると思うと感慨深いです。

研究所内にある日本人研究者の石碑

この研究施設の中庭には、野口英世の後にガーナで感染症の研究を行った他の研究者の石碑もあり、ガーナと日本の繋がりを最も感じる事の出来る場所でした。

ガーナ留学中には、大学の施設から地方の病院まで様々な場所を訪れましたが、この施設が最もガーナらしくない場所に感じました。

建設途中の研究所

2019年には同じ敷地内に新しい研究施設が建設されており、近いうちに素晴らしい研究がここから生まれてくるでしょう。

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ガーナは西アフリカ地域を支える医療の中心

西アフリカ地域の医療の中心となるガーナ

約100年前の1927年、ガーナがまだイギリス領ゴールドコーストと呼ばれていた時代から、ガーナを中心に感染症の研究が行われてきました。

野口英世を始め、各国の研究者たちがガーナを訪れて日夜研究に励んでいます。

アフリカ地域は他の地域と比べて感染症の種類や発症数が多く、研究や感染拡大を抑える動きが欠かせません。

西アフリカ地域の中心にあるガーナは他国と比べて、感染症研究のノウハウが多い事、周辺国への移動が容易な事、国の治安が安定している事といった理由から、医療の中心地として位置付けられています。

エボラ出血熱や髄膜炎など命にかかわる感染症がいまなお猛威を奮っており、ガーナの医療は西アフリカ地域に住む人々の生活を支えていると言っても過言ではありません。

そんなガーナの医療発展に日本人が古くから関わっているということはとても誇らしいですね。

まとめ

「野口英世という名前は知っているし、お札で顔を見た事があるよ」という日本人がほとんどだと思いますが、彼がどんな人でどんな研究をしていたかを知っている人は限られてくると思います。

実際に、「ガーナって何が有名なの?」と聞かれた時に「野口英世だよ。」と答えてもピンと来ない人が多くいました。

ボク自身もお札で毎日顔を合わせていて、野口英世の存在は知っていましたが、彼がどのような研究をしていたかを詳しく知ろうと思ったことはありませんでした。

しかし、同じガーナへ留学し、研究をしていく中で、彼の取り組みの難しさや凄さを実感する事ができました。

100年前に亡くなったにも関わらず、日本から遠く離れた異国の地で足跡が残されている日本人は数える程しかいません。

ガーナを訪れる際には、そんな野口英世の足跡を辿ってみてはいかがでしょうか?

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